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続・17人殺傷の衝撃:「酒鬼薔薇世代」

続・17人殺傷の衝撃:「酒鬼薔薇世代」

秋葉原の通り魔事件に関しては、
やっぱり僕らみたいな歳の近い世代が
ちゃんと考えなきゃいけないと思う。
だからと言って、宮崎勤事件のときの
大塚英志みたいに「僕らの世代の犯行だ」
なんて言うつもりもない。
いや、こんなもんに世代代表されたかないし、
こんなに世の中複雑になってきてるんだから、
そんな一筋縄じゃいきませんよってね。
っというか、一回りも二回りも
上の世代に語らせてどーすんのよ。


さて、この記事の中で興味深い言葉がある。

「事件の原因は安直に決めつけられない。
ひとつ言えるのは、加藤被告が自分自身に甘いということだ」

この言葉が案外核心じゃないだろうか。
あまりにも世の中が豊かになりすぎて、
当たり前のようにニートがいる時代で、
一生懸命生きるということにどれだけの人が
意味を見出せているんだろう?
終わらない日常なんて言ってたのは誰だっけ?宮台真司か。
まさにその通りで、代わり映えのない連続的な日々が
死ぬまで続いていくのが現代だと思う。
そんな中で、コミュニケーションのあり方もどんどん
変化してきて、無理して人と話を合わせなくても
インターネットを使えば簡単に同じ趣味の人を
見つけることが出来るようになった。
無理して話を合わせる努力をしなくなるということは、
それだけコミュニケーション能力が下がるということでもある。
だから、リアルである世間や職場、言い換えれば社会という
場所でコミュニケーション能力を発揮できずに、
自分の立ち位置を確立できてない人たちがいるのではないだろうか。

そして、物の溢れている時代だからなのか、
物事に対して受動的であることが多い。
RPGゲームがわかりやすい例で、
物語に対してプレイヤーはあくまでも
指示された通りにストーリーを進めていくだけである。
自分で何かを考えて生み出すという発想自体が
難しくなってきているかもしれない。
庵野秀明じゃないけど、
「今の時代、本当にオリジナルなものなんてない」
って言うのは、説得力のある言葉だと思う。
ネットのせいでそういう部分が見えすぎてしまうのも
大きな問題かもしれない。
ネットで探せば、自分程度の考え・発想力を
持った人間が何千人というレベルで
いることに気づかされてしまう。
個性やオリジナリティなんて言葉がもてはやされているが、
才能がない人間に対して才能がないと教えることを
放棄した無責任な言葉である。
本来なら、才能がないからこそ、自分という人間に
何があるのか、自分自身を見つめなおして、
分をわきまえることを学ばなければいけない。
それをしてこなかった結果、
いつまでも現実を直面せずに夢を追い続けたり、
自分に何が出来るかわからず、何をしたらいいか分からない若者を
生み出してしまったと思う。
そして、たちが悪いことに自分の死に対してさえ受動的である。
加藤に限らず、その後の通り魔事件の犯人が、
自殺ではなく死刑にして欲しがっている点から見て取れる。
人の死に対してリアリティを感じていないから、
自分の死に対してもリアリティを感じていない。
本当に自分に死が迫らない限り、
死というものの理不尽な恐怖を認識できないのだろう。

だから、僕らや加藤はその延長線上にいると思う。
例えば、友人関係が上手くいってなかったり、
会社で自分の能力を発揮できなかったり、
恋人が出来なかったり。
人それぞれ、どこに比重を大きくかけているかは違うと思うけど、
そのバランスが崩れとき、案外もろく崩れてしまうのが、
僕らの世代の特徴じゃないだろうか。

それはどうしようもなく、甘えでしかないと思うけど。
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by kokkasyakaisyugi | 2008-10-19 20:27 | 駄文

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